裏山全体を学びの場にする / 釜石市立唐丹小学校・釜石市立唐丹中学校・釜石市唐丹児童館
仮設校舎の裏に広がる急斜面を学びの場所に
釜石市内にある唐丹地区における東日本大震災の被害は、高台にあった中学校校舎は津波は免れたものの半壊、海岸脇にあった小学校と児童館は津波で流されるというというものでした。釜石市は住民と共に早期の議論を行い、高台にある中学校敷地にこれらすべてを再建することに決定しましたが、敷地はすでに仮設校舎による学校運営が始まっており、それらを避けた位置に新校舎を配置する必要がありました。残っているのは仮設校舎の裏手に広がる急斜面、うっそうと木々がしげり、正確な地形もわからない状態でしたが、土木設計と建築設計を丁寧にすり合わせながら検討を進めることで、斜面全体を子供たちの学びの場とすることを考えました。
土木の擁壁の高さと建築の階高をシンクロさせる
土木と建築のすり合わせで最も重要視したのは高さの設定です。擁壁の高さをひとつひとつの建築の階高を一致させることで、高さの違う地盤面に建つ校舎の1階と2階がブリッジ状の廊下で水平にどんどんつながっていくようにしています。ブリッジの他にも、地面と一体となった階段などにより立体的な動線のネットワークを構築して、子供たちが屋外/屋内を自由に横断しながら斜面全体をつかって毎日をおくることできる、ここにしかない学校の姿を目指しました。
居心地の良い木造校舎
屋内を特徴づけるのは素朴で安心感のある木造の架構と、ゆったりとした廊下です。一人の先生が二学年を教える複式学級としても使いやすいように、廊下の一部を木の柱で分節して縁側のような雰囲気にして、教室を拡張できるようにしています。縁側のスペースは給食の配膳や、放課後の自習など、いろいろなことに使われています。校舎のどの部分も明るく、外をみれば海側と山側の両方に庭や景色が広がり居心地のよい場所を多く作っています。
地域の風景に溶け込む建築
敷地のある唐丹地区の小白浜は小さな漁業集落として風景にまとまりがあります。比較的規模の大きなな本プロジェクトですが、集落のスケール感に溶け込ませるためにいくつかの工夫をしています。土木の技術でつくる擁壁が直線的にならざるを得ないところを、方向性をひとつに絞り込むことで存在感をできるだけ小さくすることや、集落の家々のカラースキームを調査して校舎の屋根や壁に取りこむなどです。他にも大きく改変した地形に対して植生の回復を行うにあたり、周辺で採取したどんぐりや苗木などを利用するなど、地域の風土や集落と一体となり、美しい風景を引き継ぐような復興のあり方を考えました。
被災地での反省と青木淳さんの批評文
私たちは被災地での活動を通じて、支援そのものが迷惑になりえることや、行き過ぎた復旧があらたな災害とすら感じられるような状況や場面に出会ってきました。そして、本当に必要な支援や復興の姿とは何かということに対して、批判的に考える必要があると思うようになりました。そうした反省から、本計画はやるべきことをギリギリまで削ぎ落とすような方法で設計をしつつ、どのような豊かさが達成できるのかを思考し続けました。結果として派手なところのない、他者にとっては捉え所のない計画になったのかもしれません。建築として批評することが難しい建築になったと思っていますが、乾の師匠、青木淳さんが丁寧に講評してくださいました。青木さんは竣工の時の見学会にきてくださったのですが、短時間の見学の中でこの建築をここまで読み解いていたのかと驚き、また、私たちの震災復興に対する揺れる思いを汲み取ってくださったことに感激したテキストです。お時間のある際にぜひお読みください。
10+1 『Inui Architects』刊行記念特集 「シン・ケンチク」
information
- 期間
2013.4〜2018.02
- 用途
中学校、小学校、児童館
- 担当
乾久美子、森中康彰、幾留温、大藤尚生、小坂怜、宮崎侑也
- 所在地
岩手県釜石市唐丹町
- 延床面積
6180m2
- 施主
釜石市
- 設計
建築 乾久美子建築設計事務所・東京建設
コンサルタント釜石市唐丹地区学校等
建設工事設計業務特定設計共同体
造成 東京建設コンサルタント
構造 KAP
設備 環境エンジニアリング
植栽 プランタゴ、ヒュマス
夜間照明 ぼんぼり光環境計画
サイン 菊地敦己事務所- 施工
建築・造成 前田・新光特定建設工事共同企業体
設備 ユアテック- 撮影
阿野太一、新建築社写真部、乾久美子建築設計事務所