野生のしっそう――障害、兄、そして人類学とともに
生きていくなかで老若男女いろいろな価値観を持つ人たちに出会い、程度の差はあれ自分の感覚との違いを感じることはあると思います。そうしたときに、他人のことを根本的に理解することはできない、とする態度があります。そこには自分自身を身の回りの世界から切り離すことによって得られる自由さ、気楽さ、安心感、孤独さ、諦めがないまぜになった感情が並走していると感じます。こうした態度は否定されるものではないと思います。ただ、そこに生まれた小さな切断が深めた溝もあるように思います。この本には著者と障害を持つ兄にまつわる様々なエピソードが出てきますが、全体に通底するのは小さな切断を踏みとどまり、理解できないからといって型に嵌めず、起こった出来事を誠実に追いかけ続ける思考や行動です。それは、自他を巻き込み、巻き込まれながら連鎖し、インゴルドのいうメッシュワークのような世界のあり様を浮かび上がらせるのですが、それらをつくり出すのはどこまでいっても具体的な出来事でしかないことに気づきます。地道で具体的な思考と行為の積み重ねが開く世界の姿は、建築設計の実務が持つ地道にさに引き寄せることで、ひとつの指針になるように思います。
出版年月日:2023.11.23
出版:ミシマ社
著者:猪瀬浩平